美学と業界の真実
なぜ日本の住まいは「白無地」に支配されたのか?
歴史上最初のシックハウス問題に挑んだ、ウィリアム・モリスの執念
今から20年前、私がウィリアム・モリスの圧倒的な美しさに惹かれ、重いサンプルブックを携えてお客様のもとへ打ち合わせに通っていた頃、日本の住宅市場は驚くほど冷ややかでした。
提示される要望は判で押したように「白無地が良い」「明るい白が良い」「柄物は苦手」。
当時はまだモリスの高潔な芸術性を知る人は少なく、その本質的な素晴らしさを伝えるのには大変な苦労を伴いました。
しかし、「一晩だけ置いていきますから、眺めてみてください」とサンプルブックを預け、翌日伺うと、「私、やっぱりこれが良いわ」と、一晩でその色彩の魔力に魅了されているお客様が数多くいらっしゃいました。
2010年から2014年にかけては、この自然の生命力を宿した美を世に広めるべく『美しい自然の壁紙とファブリック展』を自社で開催。その後、2012年に英国がモリスを大々的にフィーチャーし始めたことで世界的な人気が爆発し、ようやく日本でもその名が広く知れ渡るようになったのです。
では、なぜそもそも日本だけが、これほどまでに異常な「白神話」に陥ってしまったのでしょうか?
その裏側には、美学とはかけ離れた住宅業界の合理主義と、クレームというノイズを極端に嫌う産業構造が絡み合っています。
ハウスメーカーは、引き渡し後の顧客クレームを徹底的に防ごうとするため(仕方のない事ですが)、傷が目立ちにくく貼りやすい「厚手の既製ビニールクロス(化学物質の量が多いもの)」ばかりを勧めます。
色選びを楽しみたいユーザーの不満を押し潰すこの構造は、内装業者やクロス職人の施工単価の都合にも起因しています。
職人が手にする施工単価は、白無地も柄物も全く同じでした。
しかし、複雑な柄物を選ぶと柄合わせのために資材が1〜2割多く必要になり、その費用は内装業者と職人の自己負担。
さらに、下地調整の手間も時間も大幅に増大します。
新築の施工が白無地ならたとえば5日で終わるところ、柄物になれば7日以上。
同じ単価であれば、現場が「白い壁の方が明るくて良いですよ」と誘導するのは、彼らにとって死活問題だったのです(実際には、真っ白な壁は室内のわずかな影を拾うためそれほど明るくは見えず、そもそも人間の肌のトーンとも調和しないという矛盾を孕んでいます)。
さらに根深いのは、作り手である設計士たちの心理です。
多くの設計士はモリスのような芸術性の高いデザインを徹底的に避ける傾向にあります。
なぜなら彼らは、「自分の設計した空間デザインの世界観が、モリスの強い芸術性によって侵されてしまう」と恐れているからです。(実際に私の先輩建築士がそう言ってました。クロスが嫌いだ、と言って自分の設計に化学物質まみれの合板を貼る設計士もいます。)
設計者としてのエゴが、住む人の感性を豊かにするはずの芸術を受け入れる障壁になっているのです。
こうした住宅業界の都合、利己的なエゴ、実務上の壁にぶつかり続けたからこそ、私はウィリアム・モリスの本質に、魂の底から共鳴することになりました。
一般的には華やかなデザイナーとして知られるモリスですが、歴史を紐解くと、彼は「世界で最初にシックハウス問題を解決した人」だったのです。
大量生産による粗悪な素材が蔓延していたヴィクトリア朝時代、当時の壁紙の緑色染料には有害な「ヒ素」が多用されており、それによって子供たちが次々と命を落とす凄惨な光景をモリスは目にしてきました。
彼はこの状況を深く嘆き、染料の素材を一から見直すために自ら野山を駆け巡って自然素材を探し、職人たちと掛け合いながら、命を脅かさない安全な壁紙やファブリックを創り出していきました。
自ら会社を経営しながらも、初期の代表作『Trellis』『Daisy』『Fruits』を発表した後、次作『Jasmine』に至るまでの約7年間、壁紙のデザインを完全にストップしてまでこの安全性の追求に没頭したという事実とシックハウス問題に取り組んだ事実は、どの一般的な文献にも書かれていません。
あの強烈なエネルギーに溢れた前衛的なデザインの根幹には、人間の命と環境に対するモリスの凄まじい執念が流れていた。
大量生産によるシックハウスを解決しようと、壁紙をメーカーと共に改良し、室内の化学物質を低減させようともがき続けてきた私の歩みは、150年前にモリスが繰り広げた闘いそのものでした。
私がなぜこれほどまでにモリスに惹かれ、彼を「人生の師」と仰ぐのか。
その理由が、この環境への執念という共通の原点にあります。
グラタス・アーキテクツが創り出すモリスの空間は、単なる表面的な流行のアクセントクロスではありません。業界の合理主義に抗い、住む人の命と感性を守り抜くための、思想の表明なのです。
EXHIBITION HISTORY
グラタス・アーキテクツ主催
『美しい自然の壁紙とファブリック展』(2010〜2014)
モリスの思想と自然の美を世に広めるべく、まだ日本でのブームが起きる遥か前に自社で開催し続けた展覧会の記録です。私たちが歩んできた先駆者としての足跡をぜひご覧ください。
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「柄物は苦手」と言っていたお客様が、一晩でモリスに魅了される理由
打ち合わせの席で「うちは白い壁でいい」「柄物は飽きる」と仰っていたお客様に、私は無理な説得をすることはしません。
「一晩だけ、この本を置いていきますね」とモリスのサンプルブックを預け、翌日再びお会いすると、多くの方が「気が付いたら夜通し眺めていた」「この柄がどうしても頭から離れない」と笑顔で特定のデザインを指差されます。
なぜ、これほど急速に人の心に深く入り込むのか。
モリスのデザインは、計算された幾何学模様ではなく、すべて英国の樹木や草花、鳥といった「大自然の生命力」のスケッチから生み出されているからです。
人間にとって、自然のパターンはどれだけ眺めても脳が疲労せず、むしろ自律神経を安らげる作用を持っています。
合理主義の住宅が忘れてしまった「本物の自然の調和」がそこにあるからこそ、直感的に魂が惹かれてしまうのです。
設計者としてのエゴを捨て、空間の反射と細部の連続性を緻密に設計する
モリスの強い芸術性をただ壁に貼るだけでは、ただの「派手な部屋」になってしまいます。
グラタス・アーキテクツの設計では、住む人がその空間に立ったとき、視線と奥行き感がどう抜けていくかを計算し尽くします。
たとえば、洗面台の鏡の「真後ろの壁」にあえてモリスを配置する手法。
これにより、鏡の前に立ったとき、自分自身の背景として美しいモリスの自然が映り込み、空間に圧倒的な奥行きと物語が生まれます。
さらに、置き家具や建具のキャビネットが存在する場合、その内部の底板や背板にまで、壁面と寸分の狂いもなく柄を一致させる「柄合わせ」を職人と共に徹底します。
また、古民家のような日本の伝統的な柱、梁、障子といった和のモジュールに対しても、モリスの深い色彩は完璧に調和します。
自身の設計デザインという狭い世界に固執するエゴを捨て、モリスの芸術思想と日本の美しいクラフトマンシップを融合させること。
これこそが、私たちが20年間実践し続けている、モリス空間設計の客観的な真実です。
■ 商業空間における劇的な改修。和風の骨格から本格的なフレンチスタイルへ
モリスの芸術思想が持つ力は、住宅だけでなく多くの人が集まる商業空間においても圧倒的な効果を発揮します。
その代表的な事例が、フレンチレストランの改修プロジェクトです。
改修前は、和風の格子天井や木製カウンターといった「すし屋」の居抜き状態であり、そこに洋風の要素が部分的に混在する、インテリアの調和が難しい空間でした。
グラタス・アーキテクツでは、既存の和の骨格を否定して壊すのではなく、それを活かしながらモリスのクラシックなパターンと、計算された美しい間接照明をロジカルに融合させました。
実際、この店を訪れたヨーロッパの食文化や芸術に造詣が深い音楽家の女性からは、「イタリアや欧州にある本物のレストランと雰囲気がすごくそっくり!」と驚きをもって絶賛されました。
オープニングレセプションでは、この高雅に生まれ変わった空間にフルートの生演奏が響き渡り、訪れたゲストたちの五感を深く満たしました。単に着飾るための壁紙ではなく、そこで奏でられる音楽、提供される料理、出来事そのものを引き立てる背景としてモリスが作用しています。
住む人の人生、子供たちの夢に、オーダーメイドで寄り添い続ける
私たちのモリス空間設計は、大人のためだけの高雅な美学に留まりません。
あるプロジェクトでは、列車が大好きなお子様(小学生)のために、ベッドスペースをまるで本物の寝台列車カシオペアの客室かのように仕立て、そのパーソナルな空間の背景にモリスの美しいデザインを組み合わせました。
またある住まいでは、天井一面に広がるモリスのパターンの下に、その空間に合わせてメイプルの無垢材でテーブル自体を自社で設計・制作しました。
作り手の都合で均一化された白無地の箱を押し付けるのではなく、そこに住む家族の個性、子供たちの夢、日々のライフスタイルに徹底的に寄り添い、世界にたった一つの空間を客観的に構築していくこと。
モリスという人生淡き師から受け継いだ思想を胸に、グラタス・アーキテクツはこれからも、ただの住宅ではなく、住む人の生き方と感性を全肯定する美しい芸術舞台を創り続けます。
GRATUS ARCHITECTS by HONEY HOUSE
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